こんにちは!製パン科学研究家の"BAKE FIRST"です(・ω・)ノシ
本格的なフランスパンのレシピを見ると、水の硬度をフランスのものと同じ300にするよう指定があることも多いですよね。
実は、これにはちゃんと科学的に深い理由があるのです。
原理を知っておくことで、今後の自家製酵母パン作りや少量イーストでのパン作りでより理想に近いパンが焼けるようになるはずです。
今回はパン作りにおける硬水について、その効果を解説します。
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そもそも硬水とは?硬度とは?
まず水の硬度とは何かというと、水分中にとけ込んでいるマグネシウムやカルシウムなどのミネラル分の量を指します。
硬度300は水1リットルの中にミネラル分が300mg含まれているということです。
そして、その硬度が大きいものは硬水、小さいものは軟水と呼ばれ、数値ごとに決められています。
WHO(世界保健機関)が定めた基準でいうと、
硬度(mg/L) | 種類 |
---|---|
0〜59 | 軟水 |
60〜119 | 中程度の軟水 |
120〜179 | 硬水 |
180〜 | 非常な硬水 |
このような分類となっています。
ちなみに東京の水道水の硬度は60前後なので軟水〜中程度の軟水です。
パリの水道水の硬度は250以上あるとされ、非常な硬水ですね。
硬水がパン生地の骨格に与える影響
硬水に含まれるミネラル分がパン生地の中でどのような働きをするのか。
それは、タンパク質の結合に大きく関わってきます。
粉と水を混ぜ合わせて、ミキシングによって力を加えていくと次第に小麦粉の中に含まれるタンパク質「グルテン」が鍛えられていき、パン生地の骨格が出来上がる…
このように解釈されている人も多いのではないでしょうか?
これだと誤解がありますのでもう少し彫り込んで説明すると…
小麦粉の中には数種類のタンパク質があるのですが、そのうちの二大巨頭が「グルテニン」と「グリアジン」。
水を加えることでグルテニンとグリアジンが結合し、その結果としてグルテンが完成する。
グルテニン+グリアジン ➡➡(水を加える)➡➡ グルテン
まだ粉と水を加えただけの段階であるこのグルテンはとっても粗い網目構造をしているのですが、これを幾度となく伸ばしては折り込んでと繰り返すことで網目が細かくなっていき、パンを支える強い骨格となるのです。
そして同時に、ミキシング中に生地に混入する酸素がグルテンと結びついて(グルテン酸化)、締まりのある丈夫な骨格へと強化されます。
この変化の中で、ミネラル分はグルテニンに対して結合を促す作用を果たし、結果としてより強い生地が作れるのです。
グルテンの少ない粉の生地のボリュームアップに欠かせない
お気づきでしょうか?
フランス産の小麦は北米産の強力粉と違い、タンパク質が少なめの準強力粉です。
それでもバゲットはグンと窯伸びしてクープがガバっと開き、気泡が大きくエアリーな食感となりますよね。
これは硬水のミネラル分によって少ないグルテンでも少数精鋭となっていることが手助けになっているのです。
元々パンの原型は中近東で生まれた平焼きパンだったものが、ヨーロッパで多種多様な形状に発展を遂げたのも、粉の違いだけではなく硬水によって強い生地が作れたから、というのも関わっていそうですよね。
(粉の違いについてはこちらの記事で詳しく解説しています。パン作りは様々な要因が絡み合って一つの完成系があることを、実感していただけるかと思います)
硬水が発酵熟成に与える影響
水に含まれるミネラル分は、生地のグルテンだけでなく発酵熟成にも関わってきます。
人間がミネラル不足に陥ると様々な健康障害を引き起こすことはご存知かと思いますが、パンにおいても同様のことが言えます。
特に、自家製酵母やごく少量のイーストで作るパン作りにおいては大きな影響を及ぼします。
ミネラルは酵素の働きを活性化させる
各種ミネラルは酵素の働きを活性化させる働きを持っています。
特に、マグネシウムは酵素の働きには欠かせない存在です。
酵素とは、でんぷんを麦芽糖に分解するアミラーゼや、タンパク質をアミノ酸に分解するプロテアーゼなどのことです。
糖分を添加しないフランスパンなどの無糖生地において、酵母菌が発酵するために必要な栄養素はどうやって確保すると思いますか?
それは小麦粉に元々含まれている酵素(アミラーゼ)によって、小麦粉のでんぷんが麦芽糖に分解されることによって確保されます。
もちろんここで生成された麦芽糖はパン自体の甘みとしても活躍します。
また長時間発酵熟成させて作ったパンの旨味は、小麦粉自身がもつプロテアーゼが自身のタンパク質をアミノ酸に分解することによって得られます。
酵素の働きはパンの発酵や深い味わいに欠かせないのです。
つまり、もしミネラルが欠乏すると発酵もあまり進まず味の変化も乏しいということです。
生物は酵素を生成し、酵素の働きを使って生命活動をする
アミラーゼによってでんぷんが麦芽糖に変わっただけでは、発酵のえさにはなり得ません。酵母菌が生きていくために使えるエサはブドウ糖と果糖であって、麦芽糖のままでは使えないのです。
そこで次は酵母菌が元々所持している酵素「マルターゼ」が、麦芽糖をブドウ糖×2に分解します。これでようやく酵母菌のえさが出来上がります。
ちなみに上白糖などの成分であるショ糖の場合、こちらも酵母菌が生成する酵素「インベルターゼ」によってブドウ糖と果糖に分解することでようやくエサになります。ショ糖のままではエサにはなりません。
結局、ここでもミネラル欠乏により酵素の働きが鈍ると発酵が中々進まないということになります。
ちなみにイーストの種類によってショ糖を分解する速度が違うために、発酵のスピードも異なるのはご存じですか?
このあたりのことについてこちらの記事でより詳しく解説しているのでぜひ読んでみてください。
蛇足ですが…
酵母菌だけでなく、我々人間も消化吸収を始め体内での代謝活動など、生命活動全般において酵素の力をつかっています。
パンを知るほど人間の健康に大事なこともわかってくるのは面白いですね。
すべてのパンで硬水を使えばいいのか?
必ずしもすべてのパンで硬水を使うのが適切というわけではありません。
例えば北米産の強力粉で作る食パン。
グルテンの観点から見ると…
もともとタンパク質が多く、生成されるグルテン量も多く質もいいため、わざわざミネラルで更に強靭にする必要はないのです。
発酵熟成の観点から見ると…
副材料として砂糖を始めから加えるため、そもそも酵素の力で小麦粉でんぷんから麦芽糖を生成する必要もありません。
また砂糖を加えていない生地で軟水を使うと絶対に発酵熟成が進まないかと言われると、必ずしもそうではありません。
元々小麦粉には微量のミネラルが含まれています。「灰分(かいぶん)」という数値がミネラル含有率のことです。
富澤商店やcottaで粉を買ったことのある人はよく目にする文字ではないでしょうか?
粉自体がもともと持っているミネラルがあるため、必ずしも硬水にしなければ作れないというわけではないのです。
しかし、より美味しいパンを作るには、ということを突き詰めて考えていくとやはり発酵熟成の優位性やグルテン結合を強くすることができる硬水をチョイスする結果に行き着いてしまいます。
自家製酵母には硬水が最適!
自家製酵母を作るにあたって、とにかく酵母菌のえさを増やして、どんどん呼吸も発酵もしてもらうことが重要です。
このとき、特に粉から酵母を起こす場合は粉のでんぷんをいかに早く麦芽糖に分解できるか、それによって酵母が完成するスピードと成功確率はグンとあがります。
酵素の働きが弱く、えさがなかなかできずに酵母菌がもたもたしているうちに、他の雑菌が元気になってしまう恐れがあるのです。
フルーツ酵母などで最初から砂糖を入れて発酵を促進することも多いですよね。
それでも先ほど述べた通りショ糖のままでは酵母菌の直接的なエサにはなりません。本来エサとして使えるブドウ糖と果糖に変えるためには酵素の力が必要なので、やはりミネラルの多い硬水を使った方が種起こしはスムーズだと言えそうです。
ちなみにミネラル分などの不純物を完全に取り除いた水を使うと、発酵がなかなか進まず上手く種起こしができないそうです。
日本でちょうどいい硬水を使うには
エビアン1本で仕込む
エビアンは硬度304で、フランスパンを作るならそのまま使えるちょうどいい硬度です。
水って意外と冷蔵庫で場所取りますよね。
硬水は動脈硬化など生活習慣病の予防やダイエットにも効果的ですので、どうせならパン作り以外にも飲料水も兼ねて常備しておけば、なかなか減らなくて困ってしまうこともないかと思います。
コントレックスと水道水のブレンド
飲み水にはそんなにこだわってないから、とにかくお得に硬水をパンに使いたいという人にはコントレックスがオススメです。
これは硬度1551と非常に高い硬水のため、パンにそのまま使うのではなく、水道水など軟水とブレンドして使います。
故に、エビアンをまるっと使うよりもコスパが凄まじいのです。
地域によっても水道水の硬度に違いがあるので一概には言えませんが、水道水とコントレックスで8:2でブレンドすればどの地域でもそれなりにちょうどいい硬度になります。
もちろんお好きな天然水とブレンドしても構いませんよ。
まとめ
硬水がパン作りにもたらす影響は、ミネラルが生地の物性と発酵熟成の両面に作用することによるもの。
イーストが少ないハード系や自家製酵母でのパン作りにおいてその効果は如実に表れるでしょう。
そういったパン作りに挑戦される場合、水の硬度にこだわって作ることでより美味しいパンが作れるでしょう♪
ぜひトライしてみてください!
2023/05/07
by BAKE FIRST(製パン科学研究家)