ハチミツはパン作りでも良く使われる材料の一つですが、得られる効果として説明されているものの中には都市伝説のようなモノも多く、使い方を正しく説明されていない場合も多いです。
そこで、はちみつをパン作りで使うと、砂糖で作るのとでは実際にどんな違いが体感できるのか?比較検証を元に、本当に得られる効果と使う際の注意点などをまとめました。
ハチミツを生地に練り込んで得られる効果は?
砂糖とハチミツで比較検証してみた
正直「パン作り はちみつ」でGoogle検索しても、本当に効果を正確に検証したのか不確かな情報が多く、ネットや本で調べた内容をそのまま書き写しているような印象を受けました。
なので、実際に我々人間が感じられる範囲で得られる効果を実証すべく、「上白糖で作るパン」と「はちみつで作るパン」で比較検証してみました。
検証で使った配合(レシピ)
結果だけ早く知りたい方はこの項目はスキップしてください。
ここでは正しく検証を行った証拠を提示しています。
材料 | 上白パンBP(%) | はちパンBP(%) |
---|---|---|
強力粉 | 100 | 100 |
イースト | 1.2 | 1.2 |
上白糖 | 12 | |
はちみつ | 15 | |
食塩 | 1.8 | 1.8 |
脱脂粉乳 | 3 | 3 |
仕込み水 | 68 | 65 |
ショートニング | 6 | 6 |
今回の検証でのポイントは赤字の部分です。
はちみつには糖分と水分が含まれています。
上白糖12%とはちみつ15%で糖分量が同じになります。
これで同じ糖分量でも甘味の強さが違うのかどうか比較できます。
更に、15%のはちみつの中に含まれる水分を仕込み水から差し引きます。
はちみつ15%仕込みの生地の方は仕込み水65%にすることで同じ水分量になります。
これで、同じ水分量でも生地のべた付きなどに違いがあれば、それはハチミツの成分による効果であると判断できます。
逆に何も変化が感じられなければ、本当はハチミツを使っても何も効果は無いということになります。
生地感の違い
「ハチミツを使う生地はベタつく」とよく言われますが、まったくそんなことは感じられませんでした。
捏ね始めはハチミツも上白糖もベタつくのは当たり前です。
そして捏ね進めていけばどちらも生地はツルンと滑らかにまとまって、非常に良い生地が出来ました。
ただし、この実験は過去にこちらの動画でも別配合でやっているのですが…
この時とは使ったハチミツが違うのです。
だからなのか?今回の検証ではほんの少しだけハチミツ生地の方が柔らかい気がしました。動画ではほとんど違いが感じられなかったのですが。
こね具合の誤差かもしれませんし…ハチミツの残存酵素活性の微妙な違いもあるかもしれません。
はちみつ生地の方が伸びやすく、よりハッキリと指の色が出るほど薄い膜になっていますね。
ですが、「ハチミツを使うとベタつく!」と言うほどのデメリットを感じるかと言われると、それは無いです。
発酵スピードの違い
手ごねだと特に今の時期(冬場)は僕の手がとても冷たい故に、生地の温度を同じに捏ね上げるのが難しいです(2回目の仕込みで手の温度が上がっているため)。
なので、はちみつ生地の方が少し温度が高く捏ねあがってしまいました。
故に少しだけ発酵が早いような印象があったけど、実際のところ科学的にどうなのかというと…
実はハチミツの方が上白糖よりもガスが発生し始めるタイミングが早いです。
ハチミツはブドウ糖と果糖という2種類の糖分で成り立ち、どちらも酵母菌が直接分解することができる糖類です。
(ブドウ糖又は果糖→分解→CO₂+アルコール又は水)
一方で上白糖はショ糖という二糖類です。ショ糖はブドウ糖と果糖が結合したもので、この結合を一旦解かないと酵母菌は糖分を二酸化炭素とアルコール(又は水)に分解することができません。
(ショ糖→分解→ブドウ糖又は果糖→分解→CO₂+アルコール又は水)
このように上白糖で作る場合は発酵によるガス発生までに手間が一つ増えるので、材料が混ざり合ってから炭酸ガスが発生するまでの時間が10分ほど長くなります。
このような理論から、ハチミツは上白糖よりも「膨らみ始めるのが」早いといえます。
※ただし、タイミングが早いのであって膨張速度そのものが早いとは断言できません。使うイーストが耐糖性なのかそうでないのかによって変わります。それはなぜか?イーストの項目をしっかり読んで得理解すれば納得できるかも。
焼き上がりの違い
先ほど添付した動画では焼き上がりの違いもそこまで見られませんでしたが、今回の検証では違いが見えますね。
特に違うのが焼き色です。ハチミツで作ったパンの方が焼き色が濃くなりました。
これはハチミツの主成分であるブドウ糖・果糖と上白糖の主成分であるショ糖では、メイラード反応の進み方が違うからです。
メイラード反応とは糖分とアミノ酸が結合することで褐色物質と香り成分を生成する化学反応で、高温ほどその反応速度が早くなります。
肉を焼いて焼き色と香ばしさが出るのも、味噌を熟成させるほど色が濃くなるのもメイラード反応によるものです。
ところがこのメイラード反応、糖分の種類によって進み具合が変わってくるのです。
二糖類よりも単糖類の方が濃い褐色になるのですが、ショ糖は二糖類でブドウ糖・果糖は単糖類です。
だからハチミツ生地の方がメイラード反応が進んだということです。
動画の検証と今回の検証の違いは何か?
…実はイーストが違います。なぜイーストが違うと検証結果に差が出るのか?
耐糖性イーストの科学的な仕組みを知ることで理解できるかもしれません。
味の違い
メイラード反応の進み具合の違いのおかげか、ハチミツ生地の方が確かに香りは濃く感じました。
ですが、肝心な舌で感じられる違いはというと…ほとんど変わりありません。
しいて言えばクラスト(表皮)の部分だけハチミツ生地の方が甘味が若干強く感じるような気がしましたが…
人間が味を感じ取る時、味覚だけでなく嗅覚や視覚の影響を強く受けると言われます。特に香りの種類で感じる味覚さえ変わってしまう研究もあります。
メイラード反応の進み具合が深いクラスト部分が香りの点でも優れていたせいで味も違って感じたのかもしれません。
ですがクラム(中身)だけで食べ比べると全く違いがわかりません。
「ハチミツは砂糖の3倍甘い」は流石に言いすぎだと思えるほど、今回の検証では違いを体感できませんでした。
ハチミツ使用による効果の真相
「ベタつきやすい」と言われるのはナゼ?
今回のレシピでの比較検証では、「はちみつでパンを作ると生地がベタつく」といった変化は全く見られませんでした。
では、「ベタつきやすい」というのはウソなのか?
恐らくこういった情報が広まったことには2つの原因があります。
一つはそもそも書き手が比較のやり方を間違っていること。
例えば初心者の方がレシピのアレンジをした際に陥りがちなのが「ただハチミツをプラスするだけ」というパターン。
砂糖10g・水140gのレシピにハチミツ10gをただ加えるだけだと、当然ハチミツの分だけ糖分も水分も増えますから、ベタつくのは当たり前ですよね。
「砂糖をはちみつにただ置き換えただけ」のパターンもあるあるです。
砂糖15gをはちみつ15gにただ置き換えるだけでは、はちみつに含まれる3gの水分がありますから、使う水を減らさなければこれもベタついて当然ですよね。
この間違ったやり方で現れたベタつきの違いって、結局のところ「糖分が増えることによるベタつき」や「水分が増える事によるベタつき」であって、「はちみつを使うことによる効果」ではありません。
こういった科学的な組み立てをしないまま情報を発信するサイトはすごく多いので、結果として一般的に知れ渡ってしまったのだと思います。
もう一つは品質の素晴らしいハチミツを使っていたこと。
日本のスーパーなどで多く出回っているハチミツは、そのほとんどが加熱濃縮蜂蜜です。
フィルターで不純物をこしとる際に、粘土の高いはちみつはフィルターを抜けるスピードが著しく遅いため、加熱して柔らかくする必要があるのです。
ですがその際にはちみつに本来含まれている酵素が熱で失活します(酵素はたんぱく質で出来ているので60℃以上で壊れます)。
僕が今回の検証で使用したハチミツもスーパーで安く売られている純粋蜂蜜ですので、(どこにも書いてありませんが)加熱濃縮蜂蜜であることは間違いありません。
ですが、非加熱濃縮蜂蜜の場合は加熱による酵素の失活がありません。
酵素活性が残っていると、パン生地のでんぷんやたんぱく質を分解して「生地の熟成」を進めてしまいます。
でんぷんが分解されると麦芽糖になり、つまり糖分が増えるからベタつきも増す。
たんぱく質、もといグルテンが分解されれば生地はどんどん緩くなる。
非加熱濃縮蜂蜜は酵素だけでなくビタミンなどの栄養素も壊されていない上に風味もフレッシュなので、いわゆる品質の素晴らしい高価なハチミツに多いタイプです。
健康に対する意識の高い人が、そんな良いハチミツでパンを作って得られた結果を情報発信して…そうとも知らず加熱濃縮蜂蜜しか知らない人が↑のように間違った置き換えと比較で「やっぱりベタつくね!」と更に発信して…
といった繰り返しがあったことも否定はできないと思います。
「パンがしっとりする」はウソ?
「ハチミツを使うとしっとりしたパンが出来上がる」という説明もよく見ますが、これも比較検証からは全く感じられませんでしたね。
それなのに、そういった情報が広く知れ渡っている理由として考えられる最も単純な一つ目が「はちみつをただ加えただけだから」。
先ほどの「ベタつきやすい」問題と同じ理由ですね。置き換え換算をせずただ加えるだけなら、糖と水が増えることでしっとり感が向上するのは当たり前のことです。ですがそれは「ハチミツを使うことで得られる効果」ではなく「糖や水を増やすことで得られる効果」でしかありません。
もう一つ考えられる理由が、一見もっともらしい科学的根拠もあるから。
そもそも「パンがしっとりする」と言われる根拠として一般的に説明されているのは、「ハチミツには強い吸湿性がある」とか「はちみつには砂糖には無い結合水が含まれているから」といった理由が多いです。
吸湿性という観点でいうと、たしかに一理あります。はちみつの成分は果糖とブドウ糖。砂糖の成分はショ糖(果糖とブドウ糖がくっついているもの)。
くっついているか離れているかの違いではありますが、ショ糖よりも果糖・ブドウ糖の方が吸湿性は確かに高いという特徴があります。
ですがショ糖に吸湿性が無いわけではありません。その上、ショ糖はパン生地の中で酵母菌によって一旦は果糖・ブドウ糖に分解されます(ショ糖のままではガス発生に使えないからです)。
焼きあがったパンに含まれる全てが分解済みであるとは思えませんが、違いがわからない程度にまでは分解が進んでいるのでしょう(言い方を変えると発酵のために分解したが焼成が来てしまい結局使うに至らず残存したブドウ糖と果糖)。
結合水という観点でいうと、そもそも普通の砂糖だって水に溶ければ糖分子と水分子で結合して結合水になります。
パン作りにおいては生地をしっかり捏ねる過程で材料に使用した砂糖は水と完全に溶け合うはずです、さらにその後の一次発酵や最終発酵など様々な工程で時間がかかるため、砂糖が溶け切らないで残るというのは考えにくいです。
なので結局のところ、砂糖を使おうがはちみつを使おうが、生地中に結合水が存在することになるのに変わりないから違いもハッキリしなかったのでしょう。
※ですがカステラなど焼き菓子でのはちみつ使用でしっとり効果を体感したという声は良く聞きます。焼き菓子系はパンと違って使用する糖分量が圧倒的に多いですし、工程時間も短い、ミキシングも水ではなく卵と合わせて泡立てるといったものですから、もしかしたらこういった条件が重なっていれば結合率に差が出てくるのかもしれませんね?
パンが専門なのでまだ検証していませんが、今後やってみようと思いますので当ブログをブックマークして続報をお待ちください☆
「甘味が強くなりすぎてしまう」は本当?
今回の検証では糖分量が同じになるよう計算した上で比較しても、甘味度が高くなったような印象はありませんでした。
そのそもハチミツが砂糖より甘味度が高いと言われるのはなぜでしょう?
それは一つに果糖の甘味度はショ糖の1.2倍以上であること。反面ブドウ糖はショ糖の0.6倍と低いですが、ハチミツの成分割合ではブドウ糖より果糖の方が少し多いです。
加えて、ショ糖は温度が変わっても甘味度は一定ですが、果糖は温度が変わると分子構造も少し変化して甘味度が大きく変化します(温度が低くなるほど甘味度が増す、5℃でショ糖の約1.5倍にも上がる。ブドウ糖も温度で変わるが果糖ほどの大きな変化は無い)。
そんな理由からか、「ハチミツは砂糖の3倍甘い!砂糖の1/3量で同じ甘さになる!」なんて言われているのも良く見かけますよね。
こういった事実があるため、砂糖の代わりにハチミツでパンを作ると甘味が強くなりすぎてしまうと言われてしまうんだと思います。
ですが実際のところ、パンって食べるなら常温かトーストするなり温めて食べますよね?冷やして食べる人はあまりいないでしょう。
常温25℃で食べる場合と仮定すると、果糖の甘味度はショ糖の約1.2倍と確かに高いですが、ブドウ糖は0.6倍以下です。この程度だとブドウ糖が足を引っ張るので合算するとショ糖よりもむしろ低いくらいです。
(ブドウ糖45:果糖55の割合の蜂蜜と仮定して計算しても0.93となる)
さらに40℃時点で果糖の甘味度はショ糖と同一に、それ以上になるとショ糖よりも甘味度は低くなります。
トーストして食べる場合を考えたら明らかにハチミツパンの方が砂糖パンより甘さが弱いということになります。
その上、先の項目で述べた通りショ糖は一旦分解されてから発酵に使われるので、砂糖パンの生地成分はミキシング直後に比べると焼成前はだいぶハチミツパンに近づいている可能性があります。仮にハチミツの方が甘味度が高かったとしても、この観点で見れば甘さの差が縮まるのも納得です。
味覚の分野はとても複雑なので掘り下げきれないのですが、ミクロに考えるほどパン作りで砂糖をハチミツに変えてもめっちゃ甘くなるなんてことは無いと思えてきます。
ですが唯一甘味が強くなる可能性を考えると、やはり非加熱濃縮蜂蜜を使用するパターンですね。酵素の力で生地のデンプンが麦芽糖に分解されるので、そのパワーが強いほど甘味が増えても事実上おかしくありません。
ハチミツの風味は期待できるのか?
今回の比較検証ではハチミツを使ったおかげで「美味しいハチミツ風味が感じられる」なんてことはありませんでした。
ですがこれは使うハチミツの種類によっても得られる効果は変わってくるでしょう。
なぜなら、メープルシロップでは少なからず風味の違いを体感できたからです。
…とは言っても、じゃあトーストにバターとメープルシロップを垂らして食べる時のようなダイレクトなメープル味が楽しめるかというと、残念ながら遠く及びません。
ほんのり「なにか違うなぁ」と感じる程度の差でしかないのです。
それもそのはずで、パンの主役材料はあくまで小麦粉だからです。小麦粉に味が無ければ味の変化をより感じられたかもしれませんが、そんなことはありませんね。小麦粉に味が無かったら砂糖もバターも入れないフランスパンが美味しくなるワケがありません。
なので、皆さんがはちみつパンに対して求める「ハチミツ感」がどの程度のモノなのかにもよりますが、練り込みではハチミツとしての風味をほとんど期待できないと言っても間違いではないでしょう。
パン作りでハチミツを使う時の注意点
置き換え換算を行う事
ここまでの解説でお分かりかもしれませんが、パン作りでハチミツを使う時には正確に分量を計算しなおす必要があります。
これをやらないと、レシピの想定よりもベタつきが増してしまったり、発酵力に影響が出てしまったりなど多くのデメリットがあります。
具体的な置き換えのやり方についてはもう少し↓のほうで専門的に解説しますね♪
ガスの出始めが10分早くなる?
既に述べた内容ですが、ハチミツはブドウ糖と果糖で出来ていて、砂糖はショ糖で出来ています。
実はこれ、生地から炭酸ガスが発生し始めるまでの時間にも影響を及ぼすのです。
ハチミツが発酵で消費される場合のメカニズム
「ブドウ糖(又は果糖)→分解して炭酸ガス+アルコール(又は水)」
酵母菌が持つチマーゼという酵素でブドウ糖・果糖それぞれを炭酸ガスとアルコールに分解するだけです。
それに対して砂糖の場合は…
砂糖が発酵で消費される場合のメカニズム
酵母菌はショ糖をそのまま発酵に使うことは出来ず、一旦はブドウ糖と果糖に分解する、というのも説明しましたね。
つまりこのような流れになります。
「ショ糖→分解してブドウ糖&果糖→分解して炭酸ガス+アルコール(又は水)」
酵母菌がもつインベルターゼという酵素でまずはショ糖をブドウ糖・果糖に分離してからでないと、炭酸ガス発生には使えない。
このように、炭酸ガスに行きつくまでの手間が一つ増えるのです。
このような違いが、材料を混ぜ合わせてから炭酸ガスが初めて発生するまでの時間に約10分の差を生み出します。
砂糖の生地なら混ぜてから約30分で、はちみつの生地なら約20分でそれぞれ最初のガスが発生します。
とはいえこの違いが発酵での膨らみ速度に大きな影響を与えるというわけではありません。普通に作っていれば差を認識することは出来ないでしょう。
では、何が注意なのかというと、手ごねを20分以内で終わらせられない人は注意が必要です。
ミキシング中にガスが発生してしまうと、そのガス気泡がクッションとして衝撃吸収効果を発揮してしまいます。すると生地に与えられる圧力が低減してしまうので、上質な生地を作る上では支障が出てしまうのです。
というのが科学的な理屈です。すごくミクロな話なので、体感できるかと言われるとそれも難しいと思いますが…粉量300g以上とかで大きく生地を作って40分もコネコネしているような人はその辺考慮した方がいいでしょう。
※僕は手ごねならもっと小さく作ることを推奨しています。
菓子パン生地での発酵阻害効果に要注意!
砂糖の量を25%など多く配合する菓子パン生地ですが、このように多すぎる糖分は逆に発酵力を阻害する、というのはご存じでしょうか?
糖分や塩分が増えれば増えるほど生地内部の「浸透圧」が上昇し、酵母菌の細胞内の水分が吸い取られてしまい活性が低下してしまいます。
(フルーツに砂糖をまぶしたり、野菜に塩をまぶすと水が出てくるのと同じです。ナメクジに塩をかけても脱水されて小さくなりますよね)
この浸透圧ですが、塩分なのか糖分なのかで強さが変わるのはもちろん、同じ糖でもその種類によっても変わってくるのです。
ショ糖はブドウ糖と果糖がくっついた「二糖類」という分類で、ブドウ糖と果糖は単体で分子が存在している「単糖類」という分類です。
二糖類よりも単糖類の方が、同じ量でも浸透圧が2倍になるんです。
これ非常に重要です。
「耐糖性のイースト使ってるから大丈夫!」ではありません!
そもそも耐糖性のイーストがなぜ耐糖性であるのかご存じですか?
耐糖性のイーストを使う意味も無くなってしまう
非耐糖性イーストはインベルターゼ活性が高いため、生地中のショ糖を猛スピードでブドウ糖と果糖に分解してしまうのです。
それら分解後の糖を炭酸ガスとアルコールに分解するのはチマーゼという酵素の仕事ですが、それがインベルターゼの仕事に追いつけなくなるのです。
すると、どんどん生地中のショ糖はブドウ糖と果糖に変わってあふれてきます。
そうやって一気に浸透圧が増えてしまうことで、酵母菌は自らの細胞から水分が抜き取られてしまうのです。自分で自分の首を絞めているわけです。
ところが耐糖性のイーストはインベルターゼ活性が低いので、チマーゼの仕事に合わせてショ糖分解が進みます。
ショ糖を分解して出てきたブドウ糖や果糖をその都度さらに分解して炭酸ガスとアルコールにしていく…仕事が追いつかずにブドウ糖や果糖があふれて浸透圧が急上昇するようなことは無くなります。
だから、砂糖25%配合とかいう高配合であっても途中で発酵力が衰えたりしないのです。
じゃあ、その砂糖25%を全てハチミツに置き換えたらどうなるか?
はちみつ、つまりブドウ糖や果糖が25%あるということは、浸透圧で言うと砂糖50%分の強さがあるのです。
耐糖性でインベルターゼ活性が低いからといっても、もはや既にショ糖ではなく分解後のブドウ糖・果糖であるから、まったく意味を成しません。
理論上はこのようになってしまいます。まだ流石にこのレベルの比較検証はやったことがないけど、これも近いうちにやってみたいと思いますので、ぜひブックマークしてお待ちください。
砂糖からハチミツへ置き換える方法
ここではわかりやすく、上白糖を使うレシピで砂糖をハチミツに置き換えるやり方を、順を追って解説します。
材料 | BP(%) |
---|---|
強力粉 | 100 |
イースト | 1.2 |
上白糖 | 8 |
食塩 | 2 |
脱脂粉乳 | 2 |
水 | 70 |
油脂 | 5 |
こんな感じのレシピだった場合…
まず糖分量を揃える
上白糖8をそのままはちみつ8に置き換えると、実質的な糖分量が減ってしまいます。
なので糖分の量が同じになるよう計算しなおします。
はちみつは約80%が糖分で、約20%が水分です。
なので、8÷0.8(80%)=10
10のはちみつを使えば8の糖分が入ってることになります。これで糖分量はそろいました。
そこに含まれる水分量を計算
このままでははちみつに含まれる水分が余分なので、生地のベタつきが増してしまいますし、同じ生地感は得られません。
なので今度は使う水の量を計算しなおします。
先ほど使うはちみつの量が10と決定できたので、まずはここに含まれる水分を求めます。
はちみつの水分は先程申した通り約20%ですので
10×0.2(20%)=2
2の水分が含まれていることがわかりました。
元の吸水量から差し引く
ということは、
元の水量70-2=68
68の水にすればベタつきが増えることもなく同じ生地感が得られることになります。
パン作りにオススメなはちみつの選び方
パンに何を求めるかで変わってくる
ここまで解説した通り、はちみつといっても様々な種類があり、風味はもちろん化学的特性まで全然異なります。
なので、はちみつに対してどんな効果をパン生地内で発揮してもらいたいのか、それによってオススメは変わってきます。
はちみつの風味を求めるならクセの強いもの
焼きあがったパンから少しでもはちみつの風味が欲しい!
そういうことであれば、あっさりしたハチミツでは他の材料の風味に負けてしまいます。
なので、なるべくクセの強いハチミツを選択する必要があります。
基本的には色の濃いハチミツの方がクセが強い傾向がありますね。逆に色の薄いアカシアハチミツのようなものはあっさりしているため、同じ使用量でも得られるハチミツ風味は弱くなってしまいます。
生地の扱いやすさを重視するなら加熱濃縮蜂蜜
今回の比較検証の結果のように、砂糖からハチミツに置き換えて同じような生地感にするためには、酵素活性が失活している加熱濃縮蜂蜜を使うのが良いです。
一般的にスーパーなどで売られているハチミツのほとんどは加熱濃縮蜂蜜なので、入手に困ることは無いでしょう。
酵素による生地の熟成を求めるなら非加熱濃縮蜂蜜
フランスパンで使うモルトのように、酵素の力で生地の熟成を得たいのであれば、酵素が失活している加熱濃縮蜂蜜ではその効果は得られませんので、非加熱濃縮蜂蜜を使う必要があります。
最も入手しやすい非加熱濃縮蜂蜜といえばマヌカハニーが挙げられます。最近ではスーパーでも頻繁に見かけるようになりましたね。
いっそトッピングや香料の力を借りるのもごく一般的な手段
いくら風味の強いハチミツを使ったからと言って、生地に練り込んでしまってはわかりやすいハチミツ風味は感じられません。
本当に「ハチミツ感」をしっかり表現したいなら、はちみつチップ(フィールハニー)やつぶジャムはちみつ味といった、ハチミツ風味の香料の力を借りている材料を使ってみたり、カスタードなどのフィリングにはちみつを多く使ったり、トッピングで直接ハチミツを垂らすなどの手段が最もハチミツ感が得られるはずです。
実際にチェーンのベーカリーでもハチミツ系のパンといえば、本物のハチミツではなく香料を使ったハチミツジェルのようなものをふんだんに使ったりします。
「はちみつは砂糖の3倍甘い」コレって本当?検証してみた
最後に、はちみつにまつわる都市伝説「ハチミツは砂糖の3倍甘いから、1/3量で事足りる」という言い伝えについて解明していきましょう。
「え?都市伝説なの?事実じゃないの!?」って驚きましたか?
結論から言いますと、これ恐らく大ウソです…(笑)
でも言い出した本人にとってみれば本当なのかもしれません。それにはちゃんとした理由があると考察しています。
まず、僕ははちみつと砂糖で同じ糖度になるよう水溶液を作り、それぞれ飲み比べました。
砂糖5g + お湯50g と、はちみつ6g + お湯49g です。
(はちみつの20%は水分で80%が糖分なので、はちみつ6gは実質「糖分5g + 水分1g」です。なのでこの比率での比較です。)
この時、水溶液の温度がまだ熱い時ははちみつよりむしろ砂糖の方が甘く感じました。だんだん温度が下がっていくうちにはちみつの方の甘味が増してきて、温度が下がってようやく砂糖の甘さと並んできた感じです。でも常温域ではとてもじゃないけど「はちみつの方が3倍甘い」なんてお世辞にも言えないレベルです。
この時点で嫌な予感はしていましたが、試しに「砂糖の1/3量で同じ甘さになるのか」という無謀な実験もしてみました。
「砂糖6g + お湯50g VS はちみつ2g + お湯50g」
結果は砂糖の圧勝です。
じゃあ、なんで砂糖の1/3量で良い、なんて言い伝えがこんなに広まっているのか?
小さじで砂糖とハチミツを計量してみると、なんと小さじ1で取れる量が砂糖よりもハチミツの方が多かったのです!
量とはつまり重さのことです。
体積を基準に砂糖とハチミツを考える人にとっては、感覚的に「はちみつは砂糖より少なくていいな」と感じるのかもしれません。
(それでも3倍は言い過ぎなように思えますが)
ですが、体積で甘さを比較するのって欠陥があるように思います。
だって「1㎤の角砂糖と1㎤のわたあめ、比較したら角砂糖は1/3量で十分でした!」って言ってるのと同じに見えませんか?
そういう観点で見れば「そんなの詰まり具合が全然違うんだから当たり前だろ!」って言いたくなりません?
それにここまでの解説の中で出てきたように、果糖の甘味度は高くてもショ糖の1.5倍です。そこにショ糖より甘くないブドウ糖も結構な割合で混ざってくるのに、どうやったら3倍甘いとか1/3量で十分とかっていう考えが出てくるのか、どうも理解しがたいです。
ただ、しいて言うならハチミツ単体で舐めるのと砂糖単体で舐めるのでは、ハチミツ単体の方が圧倒的に甘味をダイレクトに感じることができますよね。砂糖は舌の上で溶けるのに時間がかかりますから、その分甘味を感じにくいです。
また、人間が「甘い」と感じるのは味覚だけでなく嗅覚や視覚によるブーストも存在します。「甘い匂い」と感じるバニラ風味を加えると甘味も強く感じるという研究はよく知られています。(逆にバニラの香りを「塩気な匂い」と感じる東南アジアの国では塩気を強く感じるそうですが)
その辺の視点で見れば、はちみつは砂糖の3倍甘いという主張も少し理解できます。
皆さんはこの問題、どう思われますか?
by BAKE FIRST
2022/12/
(パンシェルジュ1級)