準強力粉がなくてもフランスパンは作れる?発酵メカニズムとパンの世界史から見る代用方法

こんにちは!製パン科学研究家の"BAKE FIRST"です(・ω・)ノシ

バゲットなどのフランスパンを作る時に必ず誰しも通る道、それは…

準強力粉は強力粉と薄力粉で代用できる?

という疑問ですね。

そしてどのレシピ本でも「代用は可能」と書かれていますが、フランスパンを作るならちゃんとフランスパン専用粉として作られている準強力粉を使用することを強くお勧めしています。

その理由について発酵メカニズムとパンの世界史を交えて解説し、代用しても美味しく作れる方法をご提案します。

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「発酵」と「熟成」を分けて考えるとわかりやすい

普段はパン生地の発酵工程を「発酵」と一言で表現しますが、実際には「発酵」と「熟成」という二つの異なる作用が同時に起こっています。

この二つの作用はパンの種類によってそのバランスが異なり、特にハード系のパンや自家製酵母のパンにおいては「熟成」の作用が大きいです。逆にイーストで作る菓子パン生地などソフト系は熟成がかなり小さくほとんどが発酵です。

ここまで読んだだけでは何が何だかサッパリですよね?以下でわかりやすくご説明します。

発酵とは

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発酵とは、酸素が無い環境で酵母菌がエサであるブドウ糖や果糖を分解し、生きるためのエネルギーと副産物(エタノール・炭酸ガス)を生成する作用です。

ちなみに酸素を与えると人間同様に酵母菌も呼吸をします。その時には糖を分解して炭酸ガスと水を生成し、発酵よりも多くのエネルギーが得られるため活発に増殖します。

呼吸で得られる炭酸ガスは、発酵で得られる炭酸ガス量よりも多いです。

パンチをすると発酵が促進されるのは、酸素を供給して呼吸を促すことでより多くの炭酸ガスと酵母の増殖を得ているからなんですね。

なので厳密には「呼吸」と「発酵」も区別されるべき別の事象ではありますが、どちらも生地が「膨らむ」動作をするものなので、両方まとめて「発酵」と呼ぶのが一般的です。

熟成とは

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熟成とは、でんぷんやたんぱく質が生地内に含まれる「酵素」によって分解され、でんぷんは糖分に、たんぱく質はアミノ酸に、それぞれ「味」を感じられる物質に変わる作用のことを指します。

いわゆる「うまみのあるパン」になること。

パンに限らずお肉の熟成も、たんぱく質が肉内の酵素で分解されアミノ酸となり、旨味の濃いお肉になりますよね。

(余談)自家製酵母を作る過程は「熟成優位→発酵優位の移り変わり」

自家製酵母を作り始めた初期段階は、酵母菌は少なすぎて全然発酵しないけど、粉に含まれる酵素が粉のでんぷんを分解して糖分を生成します。この時は完全に「熟成優位」の世界です。

数少ない酵母菌はそこで出来た糖分をエサにします。この時にかき混ぜることで酸素が混ざり、酵母菌は呼吸が出来るようになるためどんどん増殖します。

これを繰り返していくうちに酵母菌は大量に増殖し、熟成で生成された糖分をすぐに酵母菌が食い尽くす「発酵優位」の世界へと移り変わっていくのです。

発酵と熟成のバランスでそのパンのキャラが決まる

イーストを多く入れた発酵の早いパン生地は、熟成で得られる糖分もすぐに消化されてしまいますし、どんどん膨らむからそんなに長い時間放置できない分、アミノ酸の生成量も期待できません。

しかし自家製酵母などは酵母菌が少ないため発酵が遅いです。そのため熟成で得られる糖分がすぐに全消化されることもなく、うまい具合に発酵・熟成が同時並行で進みますし、長時間発酵の間に熟成によるアミノ酸の生成も進んでいるため、結果的に旨味が濃くなります。

このように、発酵優位にするのか熟成優位にするのかでパンの風合いが変わってきます。

決してどちらが良いという話ではなく、後者はもちろん旨味のある濃厚で奥深いパンとなり、前者は素材が元々持つ風味を存分に活かしたパンとなります。

あくまでどんなパンが作りたいか、それによってこのバランスを考えれば良いということです。

 

世界各地で様々なパンが生まれたのも理由は小麦粉の違い

皆さんの中で

「フランスといったらバゲット」

「インドといったらナンやチャパティ」

「イタリアはピザ」

と何気ないイメージがあると思いますが、実はこのように多種多様なパンが生まれたのもそれぞれの地域でちゃんと理由があるのをご存じですか?

そしてその理由はやはり小麦粉にあったのです。これも僕がフランスパン専用粉を勧める理由に繋がってくる伏線ですので、しっかりとご説明します。

パンの原型が誕生したのは中近東

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そもそも、パンの原型はフランスではなく中近東、古代メソポタミアで誕生しました。ここではただ粉と水を合わせたものであって、発酵まではいきついていなかったとされています。

その後、エジプトでたまたま粉と水を混ぜたものが発酵して、それをたまたま誰かが焼いて食べたら美味しかった。以降、発酵させたパンが各地に広まっていった。これが発酵パンの起源と言われています。

今でもインドなどでは「チャパティ」という薄い無発酵のものが食されていますが、これはもはや古代メソポタミアで作られていたものに近いのではないでしょうか?生きた化石と言っても過言ではありません。

発酵パンが栄えたのはヨーロッパ

ヨーロッパでは奴隷を使っていたり、ローマでは歴史上はじめて職業としてのパン職人が台頭しはじめたともいわれているため、そういった背景も発酵パンが栄えた一つの理由です。

しかし、それよりもっと大きな理由は小麦粉の質にありました。いったいどういうことでしょうか?

小麦粉の育ち方でたんぱく質量が変わる

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薄力粉はたんぱく質が少なくてでんぷんが多い。

強力粉はたんぱく質が多くてでんぷんはその分少ない。

そもそも、これらの成分のバランスは一体なにで決まっているのでしょうか?気候が違うとなぜこうも変わるのでしょうか?

それは、でんぷんは光合成によって作られるものであり、太陽が照り付ける地域ではでんぷんが多い小麦粒となるからです。

逆に、たんぱく質は根っこからの栄養吸収で作られます。日照時間の少ない地域では、生きるためのエネルギーであるでんぷんを十分に作れないため、代わりに根っこから栄養素を多く吸収してたんぱく質として小麦粒に蓄えるのです。

パン発祥の地でバゲットが誕生しなかったのも粉のせい?

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中近東でとれる小麦はたんぱく質が少ないものでした。

そして、熟成に必要な酵素は、たんぱく質で出来ているため、当然たんぱく質の少ない小麦粒は酵素も元から少ないです。

さらに、たんぱく質が少ない小麦粒は柔らかいため製粉するとかなり細かくなります。それによって酵素が壊れる割合も高いため、余計に酵素のすくない小麦粉が出来上がります。今でいう薄力粉です。

当時は工業的に量産されたイーストは存在しなかったため、発酵させるパンを作るときは自家製酵母を用いて、パン生地もじっくりゆっくり発酵熟成させるしかありませんでした。

熟成で酵母菌のエサを生成してから、ようやく発酵で膨らむことができるのです。

しかし薄力粉のように酵素が少ないと、熟成が遅いため発酵に必要な糖分を生成するのに時間がかかりすぎます

同じスピードで発酵する自家製酵母を使ったとしても、準強力粉で作る場合に比べて薄力粉で作ると熟成が遅い分、すぐに酵母がエサを食い尽くしてしまうため、発酵効率が非常に悪いのです。

需要と供給のバランスが崩れている、とでもいいましょうか。

さらに、たんぱく質≒グルテンが少ないとパン生地のガス保持力も弱いので、バゲットのように窯の中でブワッと一気に膨らませてボリュームを稼ぐのも難しいでしょう。そもそも酵素のせいで発酵で得られるガスが極端に少ないのに、得られたガスを保持することもできない。

 

まとめると、

  • 酵素(≒たんぱく質)が少なくて発酵熟成の効率が悪い
  • グルテン(≒たんぱく質)が少なくて生地のガス保持力が弱い

以上の2点から、中近東では発酵させてもさせなくても味わいに大差ないような、何かと一緒に食べる無発酵のチャパティやナンのようなものが定着したのではないかと言われています。(酵素≠グルテンです。これらはイコールではないですよ)

 

(同じ場所に永住する人も少なく、住む場所を転々とするスタイルが多かったこともあり、これだとパン窯を毎度組み立てるのは無理だから簡単に焼ける平焼きのパンが定着したという側面もあるようです)

イタリアでピザが主流となったのも粉のせい

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 イタリアでとれる小麦粉も、やはりたんぱく質が少ないため中近東同様に、平焼きのフォカッチャないし、発酵させてもさせなくても大して味の差がわからないようなピザが主流になったと言われています。

その代わり、超高温の窯で一気に焼くことで大きく膨らみ軽い食感のものが作られていますね。熟成による味の変化よりは、載せる具材と焼成による食感改善がピザの美味しさの肝と言えそうです。

「生地が美味しいピザを作ろう」なんて言い出したら、やっぱり高温のピザ窯が必要なわけです。

ピザの焼成に関してはこちらの記事で詳しく説明しているので、よかったら読んでみてください。焼成に関する基本がいっぱい詰まっています!

paopao-bakefirst.hateblo.jp

 

フランスパン専用粉で作った方が美味しいのはなぜ?

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スーパーで買える強力粉と薄力粉をブレンドして作ったフランスパンを食べた時に

「なんか物足りないなぁ」

と感じられた方もいるのではないでしょうか?

微々たる違いではありますが、私も以前そのような印象を持ったことがあります。

プラシーボ効果も一理あるかとは思いますが、そもそも小麦粉の質を考えると当然の結果と言えるのです。ここから詳しく説明していきます。

小麦粉の性質と製粉による酵素の差

フランスパン専用粉は製粉に工夫がある

中近東やイタリアでとれる小麦よりフランスの小麦の方がたんぱく質が多いとはいっても、それでもパン用小麦の中では少ない方です。

なので、普通に製粉していては壊れる酵素も多いため、熟成も発酵もやはり劣ってしまいます。

そのためフランスパン専用粉として販売されている粉は、小麦粉の粒が小さいものから大きいものまで、大小さまざまな小麦粉粒をブレンドしています。

小麦粉粒が大きいものは、壊れていない酵素が多く含まれているので、たんぱく質が少ないがために酵素も少ないという欠点を補えるのです。

市販の強力粉・薄力粉は酵素が少ない

いよいよ本題の中核に差し迫ってきました。

薄力粉は元々酵素が少ない小麦をさらに細かく砕くせいでもっと酵素が壊れるという説明をこちらでしましたが、鋭い人はここで思うのではないでしょうか?

「たんぱく質が多い方が酵素が多いなら、強力粉って酵素多いんじゃない?だったら準強力粉より強力粉で作った方が美味しいんじゃないの?」

私もそう思ってしまう時期ありました。

しかし、いま日本のスーパーなどで市販されているほとんどの強力粉は、イーストで一気に膨らませるパンを工場やパン屋さんで大量生産するのに適した粉です。

工場で大量生産するのに一番重要なのは生地の安定性です。

「あ~今日は酵素の働き強いなぁ全行程10分早めよう!」

なんてことやってられませんよね。途中で待ち構えるライン作業者が地獄を見ます(笑)

仮に人間の手で調整できたとしても、当然品質は微妙ながら絶対に変わってしまうわけですから、とにかく酵素という予測しづらい不確定要素は排除して安定した生産が必要なのです。

そのため多くの強力粉は製粉の工程でローラーの摩擦熱などにより酵素活性が落ちるように作られています。酵素はたんぱく質ですから、高温にさらされると変質して性質を失います。

(一部、石臼挽きの強力粉など酵素活性が強い強力粉もありますがスーパーではまず無いでしょう)

 

ということは、やはり酵素が多いとは言えない強力粉に、さらに酵素が少ない薄力粉を混ぜてしまえば、熟成は進みにくいことは容易に想像できます。

(それでも中種のように砂糖を入れなくてもイーストと水だけで膨らむのは、小麦粉には元々微量ながらすでに糖分が含まれており、それを消費されているから。この時、元々持っている甘味は減っているわけです)

どうしても強力粉と薄力粉で代用したい場合

準強力粉を今すぐに用意できないけど、今すぐフランスパンが作りたいって時ありますよね。

そんな時は「モルト」をレシピより少しだけ増量することで、熟成スピードを準強力粉に近づけることが出来ます。

そもそも最もポピュラーなフランスパン専用粉である「リスドォル」には粉末麦芽(モルト)が添加されています。

これって要するに、本来はモルト無しでも十分に熟成が進むような粉を使うのがフランスパンであって、そういった粉を再現しつつも安定性のある粉として作られているのがリスドォルというわけです。

それをフランスパン向きに作られていない強力粉と薄力粉に変えるわけですから、単純な話モルトを増やせば熟成は再現可能です。元の使用量から1.5倍程度でとりあえず試してみましょう

正直リスドォルくらいの粉ならそんなに個性ある香りではないので、このやり方でも十分美味しいフランスパンは作れちゃったりします。

ですが、石臼挽きや灰分の高い粉など個性豊かな粉の代わりにはなれませんので、そういった本格的なパンが作りたいならホンモノを使うしかありません。

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また、一般的には準強力粉を強力粉と薄力粉で代用する場合、8:2の割合とよく言われていますが、どちらもたんぱく量が銘柄によって様々ですし、準強力粉もたんぱく量はモノによって全然違います。

なので、代用する場合はブレンド割合を計算し直す必要があります。

こちらの記事で代用の計算方法を解説しているので、ぜひご覧ください。

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2023/05/06

by BAKE FIRST(製パン科学研究家)